- 2008/01/19(土) 23:37:24|
- 天然素材の服|
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生地の裁断は本当に大切な仕事です。もちろん他の仕事も大切には
違いはないのですが、やっぱり裁断は重要なポイントと位置づけて
います。その理由は、生地に直接ハサミを入れるからです。
時間をかけて人の手で織られている生地にハサミを入れるのですら、
やっぱりそこはちゃんと理解していたいと思います。
一般的に服の裁断と言いますと、生地を何枚にも重ねた上から
裁断機を使ってカットするものだと思いますが、僕達は生地を二つ
折りにした上に丈夫な紙で出来た型紙を乗せて、チョークを削って
型紙に沿ってラインを引き、型紙の必要な場所に穴を開けてますで、
そこにうっすらとマークを乗せてハサミで一着ずつ裁断しています。
決して二枚以上は裁断していません。
その理由はせっかく時間を掛けて出来上がった生地ですので、こっち
も時間を掛けて丁寧に裁断したいからです。
現在では裁断は、3人でする事もありますし、妻とスタッフでする場合
もありますし、その状況で自然に決まります。
床で長く生地を広げた状態で裁断しますので、これが結構腰にきます。
それから、長時間ハサミを動かしていると指が痛いですし、手織りの
生地ですのでずいぶんと強弱があり、地の目にも気を使います。
それでも裁断が終わると毎回ですが、何だか大仕事を終わらした気が
して、充実感があります。
それからやっぱり心の奥では何かを切るという作業は子供心に好き
なのかもしれません。洗濯の手洗いも同じように水遊びを思い起こ
させますよね、そんな感覚なのではないでしょうか。
実は今日も裁断していたのですが、やっぱりこの直接手を下す様な
罪を受け止める覚悟といいますか、この感覚はいつまでも忘れては
いけない気がします。
- 2008/01/18(金) 20:30:21|
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なんだか昨日は色々思い出してしまって、考え出したら止まりません。
思い出したのは、これまた人との出会いのエピソードなのですが、
それは僕がタイで勤めていた頃の話です。
当時、働き始めてから2年位経った頃だったと思いますが、働いて
いた仕事場を辞めようと考えていました。
理由はマンネリと焦りからでした。
今から思えば僕にとっての大切な通過ポイントだったと思います。
ちょうど僕の友達から連絡があり、日本でブランドを展開していて
バンコクに大きな工場をお持ちの社長さんと食事をするんだけど、
どうか?という話でした。東京で働いている時に人伝てに聞き、
原宿まで見に行ったことがあるブランドでしたので、これはチャンス
と思い、自分で作った服を持参して友達と食事に行きました。
その方は生地探しが目的でチェンマイに来られていたのですが、
食事中に思い切って少し話をしたら、服を見て下さるという話で、
場所を移動して服を見て下さいました。
その時はそれで終わったのですが後日連絡があり、ちょうどバンコク
に行くので来てくれという内容でした。わざわざ空港に現地の社長
さんが迎えに来て下さり、工場で社長さんに再会しました。
そこでは色々見学させてもらいましたが、心に残ったのは、草木染め
の服ではないのですが、廃水処理にこだわってらして排水ろ過に十分
な設備投資をされていて、工場はその水で鯉を飼い、社長さんはまだ
一匹も死んでないと自慢げだった事です。
社長さんは女性の方でしたが、男っぽく情熱を持ってらっしゃる方
で、現地で現地のブランドのためのデザイナーを探しているという
話で、環境も変えられるし、おもしろそうと期待したのですが最終的
に経験不足で断られましたが、あの時は色々お世話になりました。
その時はショックだったのですが、おかげ様で本気でこれまでの
仕事に取り組むきっかけになりました。
ちょうど妻と出会ったのもその頃です。自分の力量を知り、それから
は心を入れ替えて、積極的に仕事に邁進しました。
あの時辞めていたらどういった風になっていたのか、想像すら
出来ませんが、何よりもうさぶろうさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
何か恩返しが出来るとすれば、師を越えること以外に思いつきません。
がんばります!
- 2008/01/17(木) 10:44:46|
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誰でもフッと過去の思い出が頭の中を巡る事ってありますよね。
何かがきっかけである事を思い出し、そこから色々な想いが頭の中
を駆け巡る。今日はそんな一日でした。
インターネットで色々検索していたのがきっかけなのですが、大学
の後半の頃や、その後の北青山で働いていた頃を思い出しました。
大学卒業間際から、大学の先生の勧めで北青山にある着物屋さんで
1年半位働いたのですが、そこで過ごした時間は僕にとって、とっても
濃厚なものでした。その理由は決して仕事の内容ではありません。
本当に全然役に立ちませんでした。出勤するだけでこれといった
仕事もありませんでしたし、着物の着付けもできず、ただただ保護
されていただけの存在だった気がします。それが仕事を辞める
きっかけの一つだったと思うのですが、そんな事よりそこで得たもの
があります。
まず、掃除です。そこでは出勤すると一時間位毎日はたき、床を
掃いて拭き、窓ガラスを拭き、トイレを掃除、とみんなでしました。
僕の覚えている限り、出勤した日は掃除をしなかった日はなかったと
思います。今になって思うのですが、布を扱う仕事は、掃除が出来て
ないと絶対ダメだと思います。
そして、一番勉強出来たのは、仕事が終わった後の時間です。
そこは着物屋だったのですが、誰かしら来ると、その場はいきなり
飲み屋さん(もちろんお金は取りません)に変身するのですが、
そこで飲んでいた方達はデザイン関係で活躍されてる方だったり
となかなかな人達だったと思います。もちろん大学の僕の先生も
よく遊びに来てらっしゃいました。お店の主人もよくお客をもてなす方で、
来られる方達はとっても楽しそうでした。何度か本物の飲み屋
と間違って、知らない方が入ってきた事もありましたが、そんな時
でもお店の主人は一緒に飲もうと誘ったりしていました。
そんなお店で学んだ事は、買ってくださるくださらないに関わらず、
お店に入ってくださった時点で、お客としてもてなすべきだという
気持ちです。その当時はそこまで分りませんでしたが、いざ自分で
何かを作って並べた時に、ただ見て下さるだけでもうれしいものです。
今になってその店の主人の気持ちが分る様になりました。
そしてお店自体の内装もご自分で作られたそうです。もちろん職人さん
の力は借りたそうですが、とっても雰囲気のあるお店に仕上がっています。
またお酒の席では、一線で活躍している方達の生の話なども聞く事
が出来ました。実名は出しませんが、色々な方が遊びに来ていました。
僕自身、大学を卒業したばかりでしたし、活躍されている方の話や過去の
逸話などを聞く事が出来たのはとてもラッキーだったと思います。
現在ではタイに来てしまったので、なかなかそういった機会はありま
せんが、今になって思えば、東京の都心は僕にとっては情報量が多く、
色々な出会いに心を揺さぶられたり、感化され過ぎてしまったりと、
自身と向き合ったり、見つめたりする時間がなかった気がします。
きっと若さなどもあったんでしょうね。今でも若いですが、、、。
その分タイでは静かな時間の中で自分と向き合う事が出来ていますし、
自分のルーツとして日本を感じ、意識する機会も多いです。
色々な経験が出来る事に感謝と喜びを感じているこの頃です。
- 2008/01/16(水) 23:34:21|
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タイに住んで驚いた事の一つに家族の福祉があります。国の福祉の
システムがほとんどなく、タイでは家族、親戚の間での助け合いが
普通に行われています。
例えばですが、子供が親の面倒を見るのは当然ですし、孫が生まれ
れば親は孫の面倒を見ます。もちろん保育所などもありますが、
どこも午後4時に終わるので迎えに行かなくてはいけないのですが、
外で働いている親にとっては難しい事です。そうゆう場合はおじい
ちゃんやおばあちゃんが迎えに行くみたいです。
家族で助け合いが上手にサイクルしてるんですね。
日本の少子化の問題も、福祉にあると思うのですが、タイではそう
いった風習があるせいか、子供を作り、育てるのに日本ほど躊躇
しません。子供が生まれたらみんなで育てる感じです。
それにビックリしたのが、初めて会った他人の赤ちゃんに、タイの
人は若者から年寄りまで赤ちゃんに頬擦りしたり口で音を立てて
笑わしたりなどを当たり前にする事が出来ます。日本人の僕には
到底真似出来ません!他人の赤ちゃんを抱くのすら遠慮してしま
います。
ただ最近はちゃんと子供を大学まで出させて老後の面倒を期待した
り、そのためにはちゃんと塾に通わせないとダメなどと考える親も
増え、教育費が結構な割合を占めるようになっているみたいです。
そのため、子供も一人か二人といった形が増えているみたいです。
法律でもタイの労働日数は日本のそれと比べても過酷ですし、
親が子供の面倒を見にくくなって来ているのも事実だと思います。
今の子供達が親の世代になった時にはいったいどういった感じに
なっているのでしょうか。
タイでも今の若い人を見ていると、ちょっと心配です。
- 2008/01/14(月) 17:18:23|
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冷たい石の上でも3年も座りつづけていれば暖まってくる。
がまん強く辛抱すれば必ず成功する。
というのが、「石の上にも三年」の意味だそうですが、スピード
の速い現代の社会環境では、辛抱だけでは3年ですら持ち堪える
ことが出来ない気がします。もちろんことわざの意味とは関係ない
ですが、現代では自分から何かしら考え、工夫していかないと3年
ですら続けていく事は難しいと思います。
仕事に例えますと、そういった自発的な考えは、仕事に対する
遣り甲斐や喜びなどを生むきっかけになると思いますし、きっと
楽しく仕事が出来たら、長く続ける事も可能なのではないでしょか。
確かに自分の現状と照らし合わしますと現在まだ2年目ですが、気の
せいかもしれませんが、何だか少しずつ意思が固まって来ている気
がします。
つまり実は「石の上にも三年」ではなく「意思の上にも三年」
が正しいことわざではないでしょうか。もしくはこのことわざを
考え出した方はとってもユーモアのある方で、「石」と「意思」を
掛けたのかもしれませんね。
ただ3年我慢するのではなく意思を持って行動しても成功するまでは
最低3年は掛かりますよ、というのが正しい意味の気がします。
はー、はたして2年後の僕は成功しているでしょうか?
そして、このブログも何とか3年は続けたいですね。
「意思の上にも残念!」にならないようにがんばります!
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