- 2008/03/03(月) 23:58:56|
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良く聞く言葉ですが、誰しも生まれながらに心は豊かであると思います。
どこかしらそういった「豊かさ」が零れ落ちるとしたら、それは自分を見失って
しまっているからではないでしょうか。
そして、それらも当たり前の事なのではないでしょうか。
自分の生活環境が自身に与える影響はとても大きいですので、知らず
知らずの内に、すべてが当たり前になるのは、ヒトの順応能力であり、
なおさら回りも同じ価値観なら、当然の事です。
何を持って「豊かさ」を感じるかは、実は自身で判断している訳ではなく、
周りの価値観なり、周りとの比較から生まれてくる事の方が、自身の
尺度で測るよりも、安心出来る事はないでしょうか。
よく「物質的な豊かさ」や「精神的な豊かさ」などが語られますが、
ただただ、毎日を笑顔で過ごせる事以上の豊かさがあるでしょうか?
「幸せである事」と「豊かである事」は、僕は同じ意味だと思います。
何を持って幸せと感じるか、豊かと感じるかはヒトそれぞれかもしれませんが、
毎日を笑顔で過ごせる事以上の幸せや、豊かさは考えられません。
そう考えれば、決してお金など関係なく、「幸せ」や「豊かさ」は
自分次第と考えて間違いないですね。だだ、世界に一人だけで生活
している訳ではないですので、共通の価値観も大切なんでしょう。
どうしたら、みんなが笑顔で生活出来るのでしょうか?
このヒトが笑顔になったら、あのヒトが不機嫌になったり、いやー
世の中は色々難しいですね。
自己中心的な考え方は、もちろん相手の気持ちを傷つける事もありますが、
他人を意識し過ぎても結果として、自分が傷つく事もあります。
ただただ自分は笑顔でありたい、そうみんなが考えれば良いのですね。
- 2008/02/24(日) 23:40:39|
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雨が降る時もあれば、まったく降らない時もある。
天気の良い時もあれば、まったく日差しがない日もある。
ただただ見守ってる間に名前も知らない綺麗な花が咲いた。
別に花が咲くのを待っていた理由でもなく、見守っていたら花
が咲いたので良かったねぇ。ただそれだけなのですが、それが
すばらしい事なのだと思います。
もし待っていたら、、、きっと肥料を必要以上に与えたり、水を
与え過ぎたり、日照を気にし過ぎたりと、いじくり過ぎて咲かな
かったかもしれません。
自然と向き合い、自然を敬い、自然に成長する、そんな僕らを目指して
います。
何かしら縁があって、tomoの服に関わって下さる方々には、末永く
お付き合いお願い致します。
仮に花が咲く事があれば、お互いに喜びを分かち合いましょう。
- 2008/02/23(土) 23:56:12|
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突然何てタイトルを書くのだろうと思われるかもしれませんが、
日本ではその言葉の重みや、照れなどから普通に使われる言葉では
ないと思いますが、タイでは普段から使われる言葉であります。
もちろんどの国にもその意味を持つ言葉はあると思うのですが、
その国によって使われる頻度は違うと思います。
タイにおいては普段の日常言葉として使われます。
恋人、夫婦、友達、親子、色々な関係の中で普段から使われる言葉
です。普段の生活の中で仮に自分のバリアーと言いますか、
そういった険悪な感覚が和らぐのもそういった言葉が自分に向けられ
た時ではないでしょうか。日本では口にするのが恥ずかしい言葉でも、
国が違えば当たり前に少しも恥ずかしがる必要もなく言える言葉
の一つが「愛してる。」なのだと思います。
もちろん日本でそんな言葉をあちこちで使っていてははっきり言って
変質者扱いだと思いますが、そのストレートな言葉の持つ素直で
防備な力といいますか、言葉の重み、それを素直に向けられてしまうと、
その言葉の前ではどんなにバリアーを張っても仕方がない気になって
しまいます。その理由としては、誰だって愛されたいという欲求を
自然に持っているからではないでしょうか。
日本での言葉に出さなくても、お互いに通じる美学は尊敬しますが、
それ故、たまには言葉として、愛情表現として向けて欲しいもんですよね。
どうゆう関係に対してもだと思いますが、素直な感情を素直に表現
出来れば、解決できる問題も沢山あるのではないでしょうか。
でも、その素直さを表現する事が、何よりもとっても難しいんですよね、、。
そうなんですよぉ、、、。あぁ、難しい。
- 2008/02/17(日) 23:16:33|
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このテーマは僕にとってとっても大きなテーマであり、とっても
伝えたい事の一つであります。
もちろん主観的な見解もあると思うので、正しいかどうかは、読んで
くださる方が判断するべき事だと思います。
日本からタイに来て6年目ですので、いつも僕なりに両国を冷静に
見ているつもりです。その中でも気になるのが、文化や習慣なども
あるのですが、やっぱり生活レベルが全然違う事でしょうか。
もちろんお金持ちは良い暮らしをしていますが、トータルで比較する
とその差ははっきりしています。タイに限らず、東南アジアの日本に
対する視線は同じだと思います。どこの国も先進国、日本を手本にし
アジアの優等生である日本を憧れの眼差しで見ている気がします。
特にテクノロジーに関しては、尊敬の念を持ってますし、電化製品や
車などのブランドは日本製が人気ですので、それを作っている国に
対しては尊敬していると思います。事実、チェンマイでは綺麗な
新しい車が走っていて、日本から来るみなさんは結構驚かれます。
事実新車の値段も日本の1.5倍位だと思うのですが、タイの平均給料
が26000円位ですのでどうやって買うのか不思議に思うかもしれませんが、
実家から通う人は、家賃や食事代を払わず給料を車のローンに全額
充てる人も居る位、車は魅力的な必需品の筆頭です。
ですのでそんな憧れの的を作れる日本はすごい国だという訳です。
確かにどんな車に乗っているかで生活レベルを測られている気もします。
日々の生活費を切り詰めて車のローンに収入を充てる、その裏には
やはり他人の目もあるのでしょう。
僕は日本に住んでいる時はそんな事は一切気にならなかったのですが、
確かにタイではそういった価値観を持っている気がします。
その土地で作られている物には価値を見出せない反面、外から入って
くる物に興味を持つ。
当たり前といえばそうですが良い物であれば、その土地で当たり前に
作られた物でも、価値を再発見してほしいですし、良い物は次の世代に
も受け継いでほしいものです。
タイも日本も普段から手織りの天然素材の生地のすばらしさを再発見
して頂き、普段の生活に取り入れて下されば、何よりの幸せです。
日本もタイもその昔は、機織の上手な女性が自慢の対象でした。
それだけ織物の出来は重要視され、誰よりも出来の良い布をまといたい
という事実が男女を問わずそこにはありました。
テクノロジーも良いですが、もう一度昔ながらのプリミティヴな価値観
に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
- 2008/02/06(水) 23:39:33|
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ちょうど今から10年位前に、日本ではアジアの服がブームになって
いたのだと聞いた事があります。その当時僕は二十歳位ですし、まだ
服に関して,それほど興味がなかったので、どんな状況だったか思い出す
事も出来ませんが、タイで布関係で行く場所では、昔は良く売れたなあ、
などといった話は現地の人からは良く聞かされます。
当時のブームの時は、日本から沢山買い付けに来ていたそうです。
実際に手織りの布などは、以前の方が色々な場所で沢山作られていた
様です。
実際布を作る事に関しては、別に都会に出稼ぎに出る必要もなく、
自分の家で自分達のペースで布を作る事が出来るし、子供の面倒を
見ながらでも作業が出来ますので、田舎で子供を持つ女性達にとっては
とても良い仕事環境です。事実、僕らと仕事している人達も、農業と
両立して布を作っています。
ですが、ブームが去ってしまった現在ではどんどん家で布を作る人達
は減っています。残念ですが、作っても収益に繋がらなければ、現実
問題として続ける事は出来ません。
僕が服作りを始めたのは、まったくブームとは関係ない時期ですが
何とか生地を作る人達を支え続けてあげたいと思っています。
そのためにはお互いの理解と絆、そして良いモノを作りたいという
僕の想いを彼らに伝え続ける事が何より大切ですね。
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